村野藤吾とトロンプ・ルイユ-浪花組名古屋支店


 左官の老舗として知られる浪花組の大阪本店は村野藤吾の手がけた建築の中でもその異形とも言える外観により様々の機会に取り上げられることが多いようだが、同社の名古屋支店は同じ村野の設計によるものであるにもかかわらず話題になることは少ない。レンガタイル貼のシンプルな小さい建物ということがあるのだろうが、細部を見ると極めて興味深いディテールがあり実に面白いことに気付く。

 浪花組名古屋支店は名古屋の中心街からやや離れた住宅街の一画にある。敷地の前面道路側に駐車スペースをとり、奥に一辺10mほどの立方体に近いボリュームが無造作に配置されている。外壁は一面焼過ぎレンガタイルがフランス貼で貼られていて、駐車場の左右隣地境界には高さ2mほどの建物外壁と同じレンガタイル貼の塀があり、駐車場の舗装も全面同じタイル敷きとなっている。道路側ファサードはエントランスドアの他には右上に鍵穴のような小窓がひとつあるのみで極めて閉鎖的な、一見すると教会施設のような印象を受ける。

 さてそのエントランス部分であるが、上部のキャノピー(庇)にあたる箇所が奥に凹んで見える。近づいてよく見るとわかるのだが、ここはコールテン鋼で縁取りされた内側にパースがかった先すぼまりのレンガタイルが貼られていて、目の錯覚により平面にもかかわらず奥行を感じさせるのである。

 建築にトロンプ・ルイユ(騙し絵)の技法を用いたものとしては、ブラマンテによるミラノのサン・サティーロ教会の祭壇が有名だが、これは敷地の制約上奥行が取れなかったための苦肉の策と言われている。また、ローマの聖イグナチオ教会の天井は実在しないクーポラが遠近法を用いて描かれているが、これもその劇的効果を考えたうえでの必然性がある。

 こうした例に比すると村野の浪花組名古屋支店のファサードのキャノピー部分はそうしなければならないという理由はない単純な遊びであると言えば言える。にもかかわらず浅薄さが感じられないのは、コールテン鋼の縁取りが水切や雨だれを考慮した形状となっていることや、その色と質感がレンガタイルとよくマッチしている、つまりは造形的に優れているということであろう。

 またこのファサードの壁面は左右50cmほどが5cmほど後退していて、壁面全体が単調になるのを救っているのだが、この入隅部分も少し変わっている。通常出隅に貼るタイルはL型のいわゆる役物を用いるが、入隅はどちらか一方を飲み込ませて、他方に目地を設けるのが一般的である。ところが、ここでは標準曲りの列では出隅から入隅まで一体化したタイルを用いて、正面から見たときは二丁掛タイルの巾となるようにしている(小口曲りとなる列は奥の壁に目地をとっている)。

 さらにこのレンガタイルだが、大きさ(巾)にかなりバラツキがあり、形状もきれいな矩形は少なく少々ゆがんだものがたくさんある。わざわざ不揃いのものを製作することもないであろうから、恐らく本来であれば使われない、いわば形状、寸法における不合格品をあえて使うことで、工業製品の冷たさを避けて手の痕跡を残したかったのだろう。なお、目地は通常8~10mm程度であるが、ここでは15~20mm程度とられている。

 タイル以外にコールテン鋼の扱いも興味深いものがある。隣地側の立面は中央に二層分の開口を設け、その中にコールテン鋼のパネルとサッシが組み合わされてはめ込まれている。外壁開口部のコーナーはタイルの面落ちとし、上部から1mほどはコールテン鋼が取り付けられ、この上枠は水平に壁面に延びてH型の装飾的な形状となっている。

 またファサードのエントランスドアの前面に設けられたコールテン鋼の門扉は、全て9mm厚(巾は20,25,30mm)のFBを組み合わせて、村野好みの飛び吹き寄せ桟障子のスティール版とも言える繊細なものとしている。

 さらに、隣地境界に設けたフェンスはコールテン鋼の丸鋼で組み合わされたパーツがFBでつながれている。なにげないデザインだが、外壁によくなじんでうまいなあと思わずにはいられないものであった。